みなさんこんにちは、ひでえぬです。
石垣島旅行の最終日。
ただ帰るだけの予定だったのですが、なぜか無駄に長くなってしまったので、回を改めてお伝えしております。
教習所のお話なんかもお伝えしていたらどんどん遅くなっちゃって、気が付いたらもう10日もたってしまいましたが、気を取り直してお伝えします。
展望台みたいなところ

に上ったところまでお伝えしましたね。
そこを降りてみると、
第二次世界大戦で特攻部隊として出征した方々の顕彰碑があります。

第二次世界大戦がはじまると石垣島にも軍事用の飛行場が建設され、島の方々も作業のために徴用されました。
飛行場が完成すると顕彰碑にあるように全国から来島した若い隊員が飛行機によって帰らぬ人となりました。
やがてアメリカ軍の空襲の対象となり、台湾に疎開する人が出始め、残った人は軍の指示で島の山間部に避難しましたが、そこで待っていたのはマラリアでした。
マラリアにより何千人もの死者が出て、終息したのはなんと終戦から5年ほど立っていたそうです。
戦後80年たちましたが、現在の日本はこのような戦争を戦った人たちの犠牲によって成り立っています。それを学んだうえで、「自分はどう生きるか」という答えを見つけることが大事なんだなとあらためて思います。
ここに来たときは工事の人とダンプしか見かけなかったので誰も来ないところかと思いましたが、歩いているうちに結構クルマが入ってきました。
もう1か所行きたいところがあったので戻ります。

あいかわらずすごい坂ですが、電動アシストのおかげでらくちんです。
フェリー乗り場方面です。
いろんな船が停泊していますね。


こちらは竹富島行きの観光フェリーです。
ちょうど乗船が始まった時で、多くの人でにぎわっていました。


さて、もう1か所行きたいところというのはこちら。
この後は八重山そばを食べに行く予定でしたが、行く予定のお店の前を通りががかっても、あと30分ちょっとで開店なのになんか始まる雰囲気がないんですよ。もしかして定休日かと思って確認したら、10時開店ではなく
11時開店でした。
これだと飛行機に乗り遅れるかもしれないので、八重山そばは空港でいただくことにして、予定していた直通バスを1本(30分)繰り上げて乗ることにして、自転車を返却してバス停まであることにしました。
そしたら、バス停まで200mくらいのところで
雨が降ってきました。
あわててバス停まで行きましたが、なんとバスに乗ったら晴れました。
今回は往復とも直通のバスを使いました。
行きはガラガラでしたが、帰りはほぼ満員でした。
10時30分に空港につきまして、さっそく八重山そばをいただきます。

ついでにおにぎりともずくの天ぷらを買いました。
長旅だからね。
一見とんこつラーメンに見えますが、全然違う味と触感でした。
ごちそうさまでした。
手荷物検査はかなり行列ができていましたが、15分ほどで通過できました。

ただしこれは出発予定時刻の90分前に通過したからで、そのあとはかなり混雑したため、入場制限を行ったみたいです。
そんなこんなで出発も25分遅れに変更されましたが、無事に埼玉まで帰ってきました。
今回はあまり天気には恵まれず、南国情緒はあまり味わえませんでしたが、レースを走るためのコンディションとしてはほぼ最高に近かったと思います。
できればもう1日滞在して、島を1周してみたかったのですが、大満足の3日間でした。
では、また。
